今月のことば

2017年のことば

2017.06

 6月に入り、雨の日も多くなり日本では梅雨の季節がやってきます。梅雨というのは、北海道と小笠原諸島を除く日本、朝鮮半島南部、中国の華南や華中の沿海部、および台湾など、東アジアの広範囲においてみられる特有の気象現象で、雨足の強くない雨が長く続くところに特徴があるそうです。

 今月のことばは、“言葉の重さ”について述べられています。“言葉”ということを考えてみると、本来“言葉”には重さも軽さもありません。しかし、同じ言葉であっても“誰”が“誰”に対してどういう心で語るかで与える印象や深みというものが変わってくるのです。また、私たちは“言葉”によって人を励まし勇気づけ前向きに生きる力を与えることもあれば、反対に人の心に深い傷を負わせることもあります。

 お釈迦様は、「人が生まれたときには、実に口の中に斧(おの)が生じている。愚者は悪口を言って、その斧によって自分を斬(き)り割(さ)くのである。」(『スッタニパータ』第657偈)とおっしゃいました。これはお釈迦様の弟子のコーカーリアについて述べられた言葉として伝えられています。それは、コーカーリアがお釈迦様に仲間の弟子に邪念があると告げ口をし、お釈迦様はそのようなことをいうものではなく仲間を信じなさいと諭(さと)されたことに聞く耳を持たず、結局コーカーリアはまもなく全身に腫れ物ができ、それがもとで病死をして紅蓮(ぐれん)地獄に堕ちてしまいました。コーカーリアは他人に向けた悪口の斧が、自分へと向かってくる斧となって自分の身を滅ぼしてしまったのです。このお話の心は、人は生まれながらに誰でも口に斧を持っており、その斧が他人を傷つける為に振り下ろした言葉であれば、それがそのまま自分を傷つける言葉として返ってくることを教えています。さらに、お釈迦様は“ことばの怒りをまもれ ことばを制御せよ ことばの悪行をすてて ことばの善行をおさめよ”(『法句経』232)と、自分の思いに任せた怒りや悪い“ことば”を捨てて、良い“ことば”を使いなさいと説かれます。その良い“ことば”も、“ことばは精神の脈拍“と言われるように相手を思いやる心からの“ことば”でなければ相手には伝わりません。そして、その“ことば”が、「今月のことば」にあるように一人ひとりの生き方に由来するということは、言葉を発する人の人間性によって言葉の印象が変わってくるということでしょう。

 今月のことばを通して、改めて私たち一人ひとりが日頃使っている“言葉”について考え、“言葉”を大切にする生活を心がけましょう。

 

(文責:宗教科)