今月のことば

2021年のことば

2020.12

   今年もあとひと月となりましが、今年は「新型コロナウィルス感染症」の影響で、私たちの生活が一変した年でした。ウィルスに効くワクチンが開発され、感染症が沈静化するのを願うばかりです。

 さて、「今月のことば」ですが、あるお寺の伝道掲示板に書かれていたものです。私がこの聖句を最初に目にしたとき、「なるほど、その通りだ」と感じました。皆さんはどうでしょうか。

テレビを見ていて、他人のことを面白おかしく話題にされている番組が多いのは、視聴率が高いから、裏を返せば、視聴者がそれを望んでいるからでしょう。また、フェイクニュースということばがはやるほど、「うそでも面白い」ならよいということでしょうか。しかしながら、いざその悪口が自分に向けてのものとなると、それが本当のことを指摘してくれているものであっても腹が立ってしまいます。

人のわろきことは よくよく みゆるなり

わが身のわろきことは おぼえざるものなり     蓮如

という聖句がありますが、私たちは自己中心的なものの見方をしてしまいます。

それを仏教では「我執」といい、このとらわれから離れるように説いています。

しかしながら、私たちの眼は外に向いて付いていますから、自分のことは棚に上げて、「人のわろきこと」が眼に付きます。また、他人より自分のことが可愛いので他人の良いところを積極的に見ようとはしません。

 皆さんは今年話題になった「自粛警察」という言葉を知っているでしょう。コロナウィルス感染症を恐れるあまり、他人の悪いところをあら探しし、他人が感染症対策を少しでもしてなかったら、それを批判し、張り紙をしたり、警察に連絡したりするという行為です。それをした人は、自分のことを正義としてそのような行動をとったと思います。けれども、対策をとってなかった人の中に、マスクや消毒液が品薄で手に入らなかったり、生活のために店を開けざるを得なかったりとか、もともとぜんそくがあって咳が出てしまうといった理由があったとも考えられます。

 自己中心と自己中心がぶつかると、必ず対立や争いを生みます。今のこのコロナ禍だからこそ、ますますお互いを思いやる気持ちが大切でしょう。

 大晦日に打たれる除夜の鐘は、1年間の煩悩の数108回鳴らされ ます。鐘の音を聞きながら、その年の煩悩(とんよく・いかり・ぐちなど)を見つめ、自己中心的な私を振り返ってみましょう。そしてまた新たな年を迎えたいものです。

(文責 宗教科)