今月のことば

2020年のことば

2020.11

    日本における新型コロナウイルス感染者数は少し落ち着きを見せて“withコロナ”の新しい生活様式にも少しずつ慣れてきていますが、欧米諸国では感染が再拡大しており、これから本格的な冬を迎える私たちもさらに気を緩めずに感染予防対策を行っていかなければなりません。

 さて、今月のことばは、『ジャータカ』(本生経、本生譚とも呼ばれる)というお釈迦様の前世における菩薩道を歩まれる物語に説かれてある言葉の一つです。この言葉は、幸せなことも不幸せなことも誰かが作り上げたものではなく、自分自身のなした行いによるというお釈迦様が悟られた“因果の理”の上から述べられたものです。

    お釈迦様が悟られた“因果の理”とは、“縁起”と言われて、ものごとの結果には、必ず因縁(因=直接原因、縁=条件)があるということです。私たちは、物事の道理を考える時、こうすればこうなると原因から結果を考えていきますが、その時の結果が必ずしも自分が思う通りになるとは限りません。思う通りの結果になれば自分のした事に喜び、もしそうではない時には誰かのせいにしてしまうのが私たちの心の有り様ではないでしょうか。しかし、お釈迦様は、その一つ一つの結果について考えるとき、その結果がどうであれすべて自分で引き受けていかなければならないと述べられます。そのことを表した言葉が“自業自得“です。“自業自得”と聞くと、私たちは悪い結果を得る事だけを捉えてしまいますが、お釈迦様が説かれた因果の道理からいえば、良い事も悪い事も全てが“自業自得”でしか有り得ないのです。“自業”とは、“自らの業(=行い・因縁)”という事であり、自らの行なった結果を得ていく“自得”という事で、まさに今私が得ている結果をそのように見ることがお釈迦様の説かれた因果の基本的な考え方です。

    また、お釈迦様の説かれたことばを集めた『ダンマ・パダ』(『法句経』165)にも、「自分で悪いことをすれば自分が汚れていき、自分で悪行をなさないならば自分が浄くなっていく。清浄と不浄とは各自のあり方による。他人は他人を浄めることはできない。」(『聖典』P193)と、自分たちの行いがいつも問われていることを説かれています。

    私たちはみんな“幸せ”を願い生きています。“シアワセ”という字を辞書で調べてみると、“仕合わせ”とあり、その意味には“めぐり合わせ”ともあります。不幸を望む人はひとりもいませんが、めぐり合わせた結果を受け止めるとき、まずは自分のあり方を見つめ直し、その結果を自分の行動によってよりよい方向へ変えていこうと努力をしていくことも大切なことではないでしょうか。

   改めて、自分の行いによる見方を大切にされるお釈迦様のことばに耳を傾け、私たちの日々の生活についても考えてみましょう。

(文責:宗教科)