今月のことば

2020年のことば

2020.06

    長かった休校期間も開けて約2週間が経ちました。ようやく学校生活にも慣れてきたところでしょう。自然界では梅雨時期となり、すべての生き物が慈雨の恵みに精気を取り戻しているところです。

    今回の聖句は、あるお寺の掲示板に書かれていたものです。私たちは色々なものを分別する「ものさし」を持っています。好き嫌い、優しい怖い、美味しい不味い、善悪、長短などなどです。またその「ものさし」は人によって基準がまちまちです。

   「気にくわぬ」は「気に入る」と対になっています。だれもが「気にくわない人」がいるでしょうし、「気に入っている人」もいるでしょう。しかし「気にくわない」からといって「のけもの」にすることは間違いです。いじめにつながっていきます。それを平気で行えるとすれば、その人は人間性を持たない、まるで「けもの」のようだという聖句です。(けものに悪い気はしますが‥。)

    お釈迦様は、人生の苦悩について「四苦八苦」を説かれました。その中に「怨憎会苦」があります。「気にくわない人」とも必ず出会うという苦しみのことです。そして、お釈迦様は、その苦悩の原因を自分の側に求めてみなさいと説かれました。なぜなら、自分中心で、自分勝手な「ものさし」でものを見、判断することで「気にくわない」と決めつけてしまいがちだからです。「人は自分にとって都合の良い人を、良い人といい、自分にとって都合の悪い人を、悪い人という」という聖句がありますが、自分の決めつけたものの見方が、自分自身の苦しみを生んでいくのだということです。だから仏教では「無分別智」といい、決めつけないものの見方の大切さを説いています。

    最近「多様性」という言葉がよく聞かれるようになりました。世の中には色々な人がいて、人には色々な文化があり、個性があり、趣向があり、得意なことや苦手なことがそれぞれ違います。それをお互いが認め合うことが大切だと思います。相手の個性や立場に立ってものを見て共感することを「エンパシー」というそうです。私たちは、自分勝手に、自分の決めつけたものの見方をしてしまいがちです。ですが、そのことによって自分自身を了見の狭い人間にしてしまい、苦悩を増してしまうのだということを、仏教は教えてくれています。「エンパシー」を大事にする私でありたいと思います。

                             文責 宗教科