今月のことば

2019年のことば

2019.3

学年最後の3月を迎えました。3年生の皆さん、卒業・修了おめでとうございます。

また、それぞれの学年の皆さんにとっても一年の節目となる月です。日々を振り返るとき、それぞれに色々な思い出がよみがえってくることでしょう。勉強・部活などの学校生活、習い事やサークルなどの活動、毎日の家庭生活、どれもかけがえのない日々だったのではないでしょうか。数年前、新聞に掲載されたコラムを紹介します。

 “ 一人の男子高校生がいた。三年の夏、ネットの掲示板に、自分の悪口が書き込

まれていることを知った。心配した親しい級友が教えてくれたのだ。その日から

彼の生活は一変した。学校ですれ違う誰も彼もが、自分に悪意を持っているよう

に感じられる。つらく苦しい日々が続いた。・・・そんな状態が数ヶ月続いたあ

る朝、いつものように暗い表情で座っていた彼の机を、親しい友人が激しくたた

いて言った。

「おまえねえ、どこの誰かも分からない、いいかげんなやつらの書き込みと、

すぐそばで心配している生身のおれたちの言葉と、いったいどっちを信じ

とるとや。しっかりせんか」

卒業式当日、クラスでのあいさつの場で、彼は、こう言った。「あの一言がなかった  

ら、僕がこの日を迎えることはなかったかもしれません。ありがとう。ほんとうに」”

          (2008年3月1日 西日本新聞夕刊「潮風」より 一部省略) 

 仏教の中心となる大切な教えに「縁起」があります。すべての存在は他のものとの関係によって存在するということです。人間があらゆる人やものに支えられて「生かされて」生きているということは、多くの説明をしなくても納得できる教えではないでしょうか。

私という存在は大きな網の結び目の一つで、直接つながった隣の結び目や、直接には見えない無数の結び目とつながって生きています。

 今までの人生を振り返っただけでも、数えきれないほどの多くの支えによって「生かされて」きたことが実感できると思いますが、実は私が気付いていない、見えない支えは、見えているものよりもはるかに多いのではないでしょうか。記事中の高校生は、気付けていなかった友人の思いに触れたとき、孤独ではない人生に目覚めたのだと思います。

 「おかげさま」はその見えない「蔭」の支えに、「御」と「様」を付けた最大限の感謝の言葉のように思われます。               

   (文責 宗教科)