今月のことば

2019年のことば

2019.2

私たちがお願いごとをするのはどのようなときでしょうか。遊び半分で願い事をするときは別として、切実に願い事をするときというのは、「病気が治りますように」「無事合格できますように」など、追いつめられて苦しいときです。だからこそ、その表情は暗く、思い詰めたものになります。

 

それでは、願いに生きるとはどういうことでしょうか。

マザーテレサは「最も大きな苦しみはやはり孤独です。愛されていないと感じることですし、誰1人友がいないということなのです。~(中略)~それは誰にも必要とされず、誰にも気に留めてもらえず、すべてから見捨てられているという孤独です。」と言われました。

 

現代社会でも孤独が問題となっています。しかし、私たちは本当に孤独なのでしょうか。浄土真宗を開かれた親鸞聖人が著された『正像末和讃(しょうぞうまつわさん)』に「如来の作願をたづぬれば 苦悩の有情をすてずして 回向を首としたまひて 大悲心をば成就せり」とあります。これは、阿弥陀様は、さまざまな苦しみに直面する私達の姿を見抜き、「あなたの喜びや苦しみは私の喜びでもあり苦しみでもある。あなたの悲しみを私も共に悲しもう」とあなたのことが大事だと願われ、はたらきかけてくださっている、と言うことです。そして、阿弥陀様が私たちに願いをかけてくださっていることと同じように、私たちは、両親祖父母に願われ、望まれてこの世に誕生しました。そして、周りの人々の沢山の願いと支えの中で日々をおくらせていただいています。ただ、いつの間にかそのことを忘れてしまっているのです。

 

もう一度、自分の周りに目を向けて見ましょう。自分のこれまでを振り返ってみましょう。大きな、小さな、たくさんの願いに包まれている自分が見えてくる。そのことに気づくなら、大神信章師の言葉にもあるように、自然と明るい笑顔もあふれる生活になっていくのではないでしょうか。

(文責:宗教科)