今月のことば

2018年のことば

2018.11

「人生100年」時代の到来といわれています。統計によると、今から50年前の1968年の100才以上人口は、全国で327人ですが、その30年後1998年には10,158人にと一万人を突破し、現在では69,785人と発表されています。

国立の研究所による推計では、2050年には100才以上の人は、人口の0.6%である、およそ550、000人になると予想されています。

 現代人は、100年の人生設計が求められているわけです。現在、中学生・高校生の皆さんに80年後、90年後までの将来まで考えろと言われても、なかなかピンと来ないのではないかと思いますが、おそらく多くの人が100才前後のかなりの長寿を生きるようになっているのだろうと思います。テレビでもよくご長寿の方々が、100才を超えてスポーツや畑仕事に精を出しておられる姿が紹介されますが、それを見ると、あのように齢を重ねることが出来たら良いだろうなと思います。

 確かに「健康で長生き」はおそらく皆が憧れる人生だろうと思いますが、逆に、病のために若くして人生を終わる方も数多くあるのが現実です。医学は日に日に進歩しているようですが、人間の病や寿命を思い通りにコントロールするのは不可能に思えます。長い人生もあれば短い人生もあるのは、いくら長寿の時代になろうとも変わりはありません。長寿であることは、果たして、それだけで幸福であり価値があることなのでしょうか。

 釈尊は

  「最上の法を見ないで百年生きるよりも、

  最上の法を見て1日生きることの方がすぐれている」(『法句経』)

と言われました。「最上の法」とは、真理・真実という意味です。釈尊は、人生とはその「長さ」のみが大事なのではなく、その「質」にこそ意義があるのだと説かれました。人生の長短は自分では思い通りになりませんが、人生の質を高めようとすることは可能であるという意味でもあると思います。 

 あるお寺の掲示板に次のような言葉が記されていました。

  「今、ゴミを拾うか拾わないか。

   今、ゴミを捨てるか捨てないか。

   それは人生の一部ではなく、人生のすべてなのです」

金子大栄師の言葉のように、今を大切に生きることが、人生を大事に生きるということではないでしょうか。

                              (文責:宗教科)