今月のことば

2016年のことば

2016.05

 文明の進歩において、「速さ(早さ)」はひとつの価値を持っています。乗り物の進歩、通信手段の発達、コンピューターの演算処理能力の高速化などは、人類の福祉に多大な貢献をしました。50年近く前、初めて新幹線に乗ったとき、最高時速210キロ、東京・大阪間3時間10分というスピードは、少年時代の私にとっては感動的なものでした。現在は東京・大阪間2時間22分、最高時速285キロまでになっています。また、情報は瞬く間に世界中に伝わり、居ながらにして遠く離れた国々の人とコミュニケーションが可能になっています。

 このような速さは人間に物質的豊かさと便利さとをもたらしました。移動や通信の高速化やコンピューターの発達は、本来は人間に自由な時間を提供し、精神的ゆとりをもたらすことが目的であったのではないかと思いますが、実際はどうでしょうか。人間はますます急き立てられ、精神的ゆとりをなくし、忙しくなっているように思えます。人間は満足することを知らず、何かを手に入れれば更に次なるものを求めて、欲望は際限なく膨らんでいきます。速さの追及も同じです。より速いものを求め、次なる移動手段は、時速500キロのリニアモーターカーです。東京・大阪間を1時間で移動できるようになると、ビジネスマンは更に忙しくなるのではないかと心配です。

 忙しいの「忙」という漢字は、心を滅ぼすという意味があります。忙しすぎて自分自身の事を振り返る余裕も、亡くすようなことになっていないでしょうか。

 お釈迦様の言葉を記した『仏遺教経』には、「欲多き人は、利益を求めることにおわれて、悩みが多く、欲少なき人は、求めることが少ないために、うれいがない」とあります。利益を求めないことは無理かもしれませんが、時々、立ち止まって考えることは必要です。

 今月のことばは、京都の仏光寺というお寺の掲示板に掲載されていたものです。

 ふと、立ち止まって考えさせられてしまいました。移動手段や通信、コンピューターなどはどんどん速度を速めていきます。しかし、人間自体はそうそう速くなるものでもありません。50年前、1964年に出された100m走の世界記録が10秒06なのに対して、現在の世界記録は9秒58です。0.5秒の短縮は人間にとっては凄いことだと思いますが、移動や通信の高速化とは比較になりません。

  人間と人間とのコミュニケーションくらいは、人間らしい速度で行ってはどうでしょうか。スマホによる会話が多くの問題を生んでいる現状があります。落ち着いてゆっくり考えてコミュニケーションを取ってみたいと思います。人間同士の関係が、より人間らしく、暖かく深みのあるものになりはしないでしょうか。

 

(文責:宗教科)