今月のことば

2016年のことば

2016.07

 今年の梅雨は、雨量も多くなると予想されておりもうしばらく続きそうです。そして、この梅雨の豪雨によって熊本の被災地を含む日本各地で土砂災害が起こり、改めて自然の脅威を感じます。私たちは、この時期になると「雨がうっとうしく感じ、早く梅雨が明けないか」と思ってしまいますが、この時期にしっかりと雨が降らなければ、これから訪れる夏の季節に水不足となり、農作物も十分に育たず、私たちの日常生活にも大きな影響を及ぼします。このように考えてみると、この時期の長雨は、一年の中で色々な生き物に恵みをもたらし、私たちにとっても大切なものであります。だから、本来は雨が降れば、雨が降ったままを喜び、晴れたら晴れたままを喜べたらいいのですが、雨が降れば、晴れることを願い、晴れが続くと雨が降ることを願うというようにそのままの天気を受け入れることなく考えてしまいがちなのが私たちの心の中ではないでしょうか。また、私たちは、天気だけではなく日常の生活においても、「あれがいい、これがいい」と他のものと比べて“今”ある現状や物事を受け入れずに生活をしていないでしょうか。今月のことばは、そういう私たちへ“今(=今日)”を大切に生きることを教えてくれています。

 お釈迦様は、弟子の中で最も信頼をされていた智慧第一と言われるサーリプッタ(舎利弗(しゃりほつ))と天眼第一と言われるモッガラーナ(目犍連(もっけんれん))の二人の弟子の死に遭遇されました。その時お釈迦様は、大事な仲間を亡くした悲しみの中にありながらも、「すべては無常である。過去はすでに捨て去られたものであり、未来はまだやって来ない。」と二人の死を受け止め、その上で「だから現在のことがらを、現在においてよく観察し、揺らぐことなくどうずることなく、よく見きわめて実践すべし。ただ今日なすべきことを熱心になせ。」と、“今(=今日)”現在に精一杯生きるということを説かれました。

 当たり前のことですが、私たちが生きているのは、まさに“今(=今日)”という“時”です。“今(=現在)”という時間は、これまでの過去の歴史が積み重なって、その結果が“今(=今日)”であり、その“今(=現在)”が次の“未来(=明日)”への原因となっています。つまり、過去の結果と未来の原因という「因果」の中心が“今(=現在)”となっているのです。お釈迦様は、このような“今(=現在)”という“時”を大切にして一人ひとりが生きることを説かれます。

 しかし、私たちの生き方を振り返ってみると、過去のことにとらわれてくよくよし、未来を思い不安を抱きながら“今”をただ時間の流れの通過点としてしか考えず、“今(=今日)”を無駄にしながら過ごしていないでしょうか。今月のことばと、お釈迦様が説かれた“今(=今日)”という“時”の深い意味を考えて、今日一日を大切にして過ごしていきましょう。

 

(文責:宗教科)