今月のことば

2016年のことば

2016.11

 朝夕の冷え込みに秋の深まりを感じる季節となりました。“読書の秋”“芸術の秋”“食欲の秋”など、様々に秋をイメージする言葉がありますが、何故四季の中で秋だけが“・・の秋”というのでしょうか。それは、日本が古来より農業を中心とした生活をしており、秋の収穫の時期までは忙しく、収穫が終わると時間に余裕ができ、その時に様々なことを楽しむということからこのようにいわれるようになったそうです。そして、秋は、“夜長”といわれて日が暮れるのが早く、夜の時間が長くなりますが、みなさんはどのような過ごし方をしているでしょうか。

 さて、今月のことばは、この“夜長”の季節に街の明かりを見ながら少し考えてみたいことばです。この時期、山や街の木々は紅葉し、夜になると紅葉の名所や街の並木道はライトアップされ夜の街を彩ります。さらに、季節に限らず街の至る所で様々なイルミネーションが夜空の街に輝き、私たちの目を楽しませてくれます。しかし、一方で都市部や交通網の発達、夜間のライトアップ等による光によって、天体観測の障害となり動植物たちの生態系へ影響を及ぼしたり、過剰なエネルギー資源の消費が問題とされています。これは、あまり私たちの身近な問題として知られていませんが、環境問題の1つで光害といわれます。夜間の灯りは、私たちの夜の街の安全を守ったり生活の為の灯りであったりしますが、「人間本位」の考えの一方でこのような環境問題も引き起こしていることを知っておくことも大切です。

 お釈迦様のみ教えに引き当ててこの環境問題について考えてみると、まず私たちのいのちもいくつかの因(原因)と、無数の縁(条件・関係性)が揃って誕生し、自分の力で生まれたものではなく、他の多くのもののはたらきに縁って生かされていることを自覚するということが大切です。そのことに気づかされると、自然に自分を生かしてくれているものへの目が開かれて、人間も自然界の一部という視点も生まれてきます。この考え方は、ノルウェーの哲学者アルネ・ネスが提唱した「ディープ・エコロジー」という「人間も、他の様々な生物や、水・土・大気・太陽エネルギーの働きの中で生かされているのだから、それらを破壊し排除することなく、本来の地球生態系の中で共生すべきである」という考え方に通じています。そして、私たちは、どうしても自分中心、自分の利益、自分たちだけの主張でものごとを考えてしまいがちですが、本当に“共生”ということを考える時、一方的な価値観(「人間本位」)に基づいて考える“共生”ではなく、出来る限り相手と同じ目線や平等の立場から深く理解することが求められます。それは、相手を思いやる心から生まれるものであり、さらに、この実現に私たちが少しでも近づくことで、環境のことだけに限らず、民族間の“共生”など様々な人間関係における“共生”ということも真に可能となっていくのではないでしょうか。

 

(文責:宗教科)